
世界最古の国際ピアノコンクール、再び
2025年、世界最高峰のピアノコンクールが再び開催されます。1927年に第1回が開催されたショパン国際ピアノコンクールは、現存する国際ピアノコンクールの中で最も古い歴史を持ち、チャイコフスキー国際コンクール、エリザベート国際コンクールとともに「世界三大コンクール」と称される権威あるコンクールです。
通常は5年に1度のペースで開催されてきましたが、前回2021年の第18回大会は新型コロナウイルスの世界的流行により1年延期となりました。そのため今回は4年ぶりの開催となります。
歴代入賞者には、ウラディーミル・アシュケナージ、マウリツィオ・ポリーニ、マルタ・アルゲリッチ、クリスティアン・ツィメルマンなど錚々たる一流ピアニストを輩出。日本からも中村紘子、内田光子、横山幸雄など多くのピアニストがこの舞台から世界に羽ばたきました。前回2021年の第18回大会では、日本人から反田恭平さんが2位、小林愛実さんが4位に入賞し、大きな話題となりました。
開催日程と会場
第19回ショパン国際ピアノコンクールは以下のスケジュールで開催されます。
◎予備予選(Preliminary Round)
- 期間: 2025年4月23日〜5月4日
- 会場: ワルシャワ国立フィルハーモニー小ホール(Sala Kameralna Filharmonii Narodowej)
◎本選
- 開会コンサート: 2025年10月2日(木)
- 第1次予選: 2025年10月3日(金)〜10月7日(火)
- 第2次予選: 2025年10月9日(木)〜10月12日(日)
- 第3次予選: 2025年10月14日(火)〜10月16日(木)
- ショパン没後176周年記念式典: 2025年10月17日(金)
- 本選: 2025年10月18日(土)〜10月20日(月)
- 入賞者コンサート: 2025年10月21日(火)〜10月23日(木)
参加資格と選考プロセス
このコンクールの参加資格は厳格に定められています:
- 対象年齢: 1995年から2009年まで(16歳〜30歳)に生まれたピアニスト
- 応募資格: プロレベルの演奏能力を持ち、規定の条件を満たすピアニスト
- 選考プロセス:
- 予備審査に応募するには、写真や生年月日の証明書に加え、略歴、音楽学校および主要コンクールの成績証明書、過去3年間の芸術活動を証明する書類、優れた音楽家による推薦状2通、および指定された課題曲を演奏したビデオ録画を提出する必要があります。
- 予備予選には約160名が参加し、本選には約80名、2次予選には約40名、3次予選には約20名、本選には約10名が選出されます。
2025年大会の目玉 ― 注目の変更点
今回の第19回大会には、いくつかの重要な変更点があります:
1. 本選に独奏曲導入 ― 幻想ポロネーズ
最も注目すべき変更は、本選でピアノ協奏曲(第1番または第2番)に加えて「幻想ポロネーズ Op.61」が全員に課されることです。これまで本選ではピアノ協奏曲のみが演奏されるという長い伝統がありましたが、今回初めてピアノソロ作品が加わります。
この変更は管弦楽団との兼ね合いや演奏順など、運営上の課題も生じることが予想されますが、ショパンの複雑で屈折した晩年の大作を演奏する手腕を評価することで、真のショパン弾きとしての資質をより深く見極めようという意図が感じられます。
2. ワルツが1次予選の課題曲に
これまで2次予選で課題とされていたワルツが、1次予選の課題曲となりました。しかも、80名ものコンテスタントが選べる曲がわずか3曲(Op.18、Op.34-1、Op.42)に限定されており、直接比較が容易になることから、より厳しい審査が予想されます。
3. エチュードの演奏数減少
これまで1次予選で2曲演奏していたエチュードが、1曲だけに変更されました。一方で、1次予選に残された5曲はいずれも超絶技巧を要する難曲ばかりで、技術面での高いハードルが設けられています。
4. バラード賞の新設
今大会ではマズルカ賞、ポロネーズ賞、コンチェルト賞、ソナタ賞に加えて、「バラード賞」が新設されます。これにより特別賞は5つとなり、バラード演奏の評価がより重視されることになります。
予備予選出場者
2025年3月4日、ポーランド国立ショパン研究所(NIFC)は記者会見を開き、第19回ショパン国際ピアノコンクールの予備予選に出場する171名のピアニストを発表しました。
世界から642名という過去最多の応募があり、その中から28の国と地域の171名が選ばれました。最も多いのは中国の67名、次いで日本の24名、韓国の23名と続きます(二重国籍を含む)。アジア勢が多数を占める中、東南アジアやウズベキスタン、タジキスタンなど中央アジアからの出場者も見られるのが特徴です。
日本人出場者(24名)
- 尼子裕貴(Yuki AMAKO)
- 今井理子(Riko IMAI)
- 稲積陽菜(Hina INAZUMI)
- 石田成香(Seika ISHIDA)
- 岩井亜咲(Asaki IWAI)
- 神原雅治(Masaharu KAMBARA)
- 亀井聖矢(Masaya KAMEI)
- 喜多桜子(Sakurako KITA)
- 京増修史(Shushi KYOMASU)
- 前川愛実(Megumi MAEKAWA)日本/アメリカ
- 中川優芽花(Yumeka NAKAGAWA)
- 中島結里愛(Yulia NAKASHIMA)日本/韓国
- 西本裕矢(Yuya NISHIMOTO)
- 尾城杏奈(Anna OJIRO)
- 奥井紫麻(Shio OKUI)
- 小野田有紗(Arisa ONODA)
- 重森光太郎(Kotaro SHIGEMORI)日本/フランス
- 島田潤(Jun SHIMADA)
- 進藤実優(Miyu SHINDO)
- 東海林茉奈(Mana SHOJI)
- 辻本莉果子(Rikako TSUJIMOTO)
- 山縣美季(Miki YAMAGATA)
- 山﨑亮汰(Ryota YAMAZAKI)
- 吉見友貴(Yuki YOSHIMI)
日本勢からは、亀井聖矢や中川優芽花ら国際コンクールで優勝経験を持ち、すでに演奏活動を活発に行うピアニストのほか、国内外の登竜門で実績を積み、再びショパンコンクールに挑戦する進藤実優、京増修史、岩井亜咲、今井理子らが名を連ねています。
審査委員
2025年10月の本選審査員は17名が発表されています:
- Garrick Ohlsson(ギャリック・オールソン)審査委員長(アメリカ/第8回大会優勝者)
- John Allison(イギリス)
- Yulianna Avdeeva(ユリアンナ・アヴデーエワ)(ロシア/第16回大会優勝者)
- Michel Beroff(ミシェル・ベロフ)(フランス)
- Sa Chen(サ・チェン)(中国)
- Nelson Goerner(ネルソン・ゲルナー)(アルゼンチン)
- Krzysztof Jabłoński(クシシュトフ・ヤブウォンスキ)(ポーランド)
- Kevin Kenner(ケヴィン・ケナー)(アメリカ)
- Momo Kodama(児玉桃)(日本)
- Robert McDonald(ロバート・マクドナルド)(アメリカ)
- Janusz Olejniczak(ヤヌシュ・オレイニチャク)(ポーランド)
- Piotr Paleczny(ピオトル・パレチニ)(ポーランド)
- Ewa Pobłocka(エヴァ・ポブウォツカ)(ポーランド)
- Katarzyna Popowa-Zydroń(カタジーナ・ポポヴァ=ズィドロン)(ポーランド)
- John Rink(ジョン・リンク)(イギリス)
- Wojciech Świtała(ヴォイチェフ・シヴィタワ)(ポーランド)
- Dang Thai Son(ダン・タイ・ソン)(ベトナム/カナダ/第10回大会優勝者)
予備予選の審査員は:
- Wojciech Świtała(ヴォイチェフ・シヴィタワ)審査委員長
- Ludmil Angelov(ルドミル・アンゲーロフ)
- Nikolai Demidenko(ニコライ・デミジェンコ)
- Krzysztof Jabłoński(クシシュトフ・ヤブウォンスキ)
- Kevin Kenner(ケヴィン・ケナー)
- Marc Laforêt(マルク・ラフォレ)
- Alberto Nosè(アルベルト・ノゼ)
- Piotr Paleczny(ピオトル・パレチニ)
- Ewa Pobłocka(エヴァ・ポブウォツカ)
- Katarzyna Popowa-Zydroń(カタジーナ・ポポヴァ=ズィドロン)
課題曲詳細
予備予選(2025年4月23日〜5月4日)
エチュード(aグループから1曲、bグループから1曲の計2曲):
- a)グループ:
- Op.10-1 ハ長調
- Op.10-4 嬰ハ短調
- Op.10-5 変ト長調
- Op.10-8 ヘ長調
- Op.10-12 ハ短調
- Op.25-11 イ短調
- b)グループ:
- Op.10-2 イ短調
- Op.10-7 ハ長調
- Op.10-10 変イ長調
- Op.10-11 変ホ長調
- Op.25-4 イ短調
- Op.25-5 ホ短調
- Op.25-6 嬰ト短調
- Op.25-10 ロ短調
ノクターン(以下から1曲):
- ノクターンOp.9-3 ロ長調
- ノクターンOp.27-1 嬰ハ短調
- ノクターンOp.27-2 変ニ長調
- ノクターンOp.37-2 ト長調
- ノクターンOp.48-1 ハ短調
- ノクターンOp.48-2 嬰ヘ短調
- ノクターンOp.55-2 変ホ長調
- ノクターンOp.62-1 ロ長調
- ノクターンOp.62-2 ホ長調
- エチュードOp.10-3 ホ長調(練習曲形式のノクターン)
- エチュードOp.10-6 変ホ短調(練習曲形式のノクターン)
- エチュードOp.25-7 嬰ハ短調(練習曲形式のノクターン)
スケルツォ(以下から1曲):
- スケルツォOp.20 ロ短調
- スケルツォOp.31 変ロ短調
- スケルツォOp.39 嬰ハ短調
- スケルツォOp.54 ホ長調
マズルカ(以下から1曲):
- マズルカOp.24-4 変ロ短調
- マズルカOp.30-3 変ニ長調
- マズルカOp.30-4 嬰ハ短調
- マズルカOp.33-4 ロ短調
- マズルカOp.41-1 ホ短調
- マズルカOp.41-4 嬰ハ短調
- マズルカOp.50-1 ト長調
- マズルカOp.50-3 嬰ハ短調
- マズルカOp.56-1 ロ長調
- マズルカOp.56-3 ハ短調
- マズルカOp.59-1 イ短調
- マズルカOp.59-3 嬰ヘ短調
※エチュードのaグループ、bグループは順に演奏。それ以外の曲順は任意。
第1次予選(2025年10月3日〜7日)
エチュード(以下から1曲):
- エチュードOp.10-1 ハ長調
- エチュードOp.10-2 イ短調
- エチュードOp.25-6 嬰ト短調
- エチュードOp.25-10 ロ短調
- エチュードOp.25-11 イ短調
ノクターン(以下から1曲):
- ノクターンOp.9-3 ロ長調
- ノクターンOp.27-1 嬰ハ短調
- ノクターンOp.27-2 変ニ長調
- ノクターンOp.37-2 ト長調
- ノクターンOp.48-1 ハ短調
- ノクターンOp.48-2 嬰ヘ短調
- ノクターンOp.55-2 変ホ長調
- ノクターンOp.62-1 ロ長調
- ノクターンOp.62-2 ホ長調
- エチュードOp.10-3 ホ長調
- エチュードOp.10-6 変ホ短調
- エチュードOp.25-7 嬰ハ短調
ワルツ(以下から1曲):
- ワルツOp.18 変ホ長調(華麗なる大円舞曲)
- ワルツOp.34-1 変イ長調
- ワルツOp.42 変イ長調
バラード/幻想曲/舟歌(以下から1曲):
- バラードOp.23 ト短調
- バラードOp.38 ヘ長調
- バラードOp.47 変イ長調
- バラードOp.52 ヘ短調
- 舟歌Op.60 嬰ヘ長調
- 幻想曲Op.49 ヘ短調
※曲順は任意。
第2次予選(2025年10月9日〜12日)
24の前奏曲Op.28から6曲続けて演奏(以下のいずれかを選択):
- Op.28-7〜12
- Op.28-13〜18
- Op.28-19〜24
ポロネーズ(以下から1作品):
- アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ Op.22 変ホ長調
- ポロネーズ Op.44 嬰ヘ短調
- ポロネーズ Op.53 変イ長調
- ポロネーズ Op.26-1 嬰ハ短調とOp.26-2 変ホ短調(2曲続けて)
任意のショパンのピアノソロ作品
(演奏時間は40〜50分に収まるように選曲)
第3次予選(2025年10月14日〜16日)
ピアノソナタ(以下から1曲):
- ピアノソナタ Op.35 変ロ短調
- ピアノソナタ Op.58 ロ短調
マズルカ(以下から1セット、全曲を演奏):
- マズルカOp.17(全4曲)
- マズルカOp.24(全4曲)
- マズルカOp.30(全4曲)
- マズルカOp.33(全4曲、原典版の順)
- マズルカOp.41(全4曲、原典版の順)
- マズルカOp.50(全3曲)
- マズルカOp.56(全3曲)
- マズルカOp.59(全3曲)
任意のショパンのピアノソロ作品
(演奏時間は45〜55分に収まるように選曲)
本選(2025年10月18日〜20日)
- ポロネーズ変イ長調Op.61「幻想ポロネーズ」
- ピアノ協奏曲ホ短調Op.11またはヘ短調Op.21(ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団との共演)
賞金と特別賞
賞金
- 1位: 6万ユーロと金メダル(約960万円)
- 2位: 4万ユーロと銀メダル
- 3位: 3万5千ユーロと銅メダル
- 4位: 3万ユーロ
- 5位: 2万5千ユーロ
- 6位: 2万ユーロ
- 他の本選出場者: 8千ユーロ
前回の第18回大会では1位が4万ユーロだったことを考えると、今回は賞金額も大幅にアップし、1位には6万ユーロが授与されます。さらに、優勝者には世界ツアーの機会も与えられます。
特別賞
- コンチェルト賞
- マズルカ賞
- ポロネーズ賞
- ソナタ賞
- バラード賞(新設)
審査方法
ショパンコンクールの審査は、非常に厳格で透明性の高い方法で行われます:
- 「Yes/No」投票: 審査員は次のステージに進むべきと感じたら「Yes」、そうでなければ「No」を投票します。基本的には「Yes」の得票率が高い順に次のステージへ進みます。
- 点数評価: 審査員は「Yes/No」とは別に1〜25点の点数で採点します。平均点は複雑なルールに則って調整され、最終的な平均点が算出されます。一定の点数以上でなければ「Yes」の判定ができない規則になっています。
- 「生徒」の審査禁止: 審査員は自分の「生徒」の審査はできません。「生徒」の定義は厳格で、数ヶ月前に1回でも個人レッスンをしていれば、それだけで「生徒」とみなされます。
- 匿名による協議: 「Yes」の得票率順と調整後の平均点が記載されたリストを元に、審査員の協議で通過者を決定します。コンテスタントの名前は伏せられた状態で協議が行われます。
ショパンコンクールの意義と展望
ショパン国際ピアノコンクールは単なるコンペティションではなく、ショパンの音楽と伝統を守り、次世代に継承する重要な文化イベントです。世界中から集まる若いピアニストたちは、技術だけでなく、ショパンの音楽に対する深い理解と独自の解釈を競い合います。
2025年の第19回大会では、伝統的な枠組みを保ちながらも、本選に独奏曲を導入するという大胆な試みが行われます。この変更が実際の審査や結果にどのような影響を与えるのか、コンクールの行方が注目されています。
また、前回大会に続き、今回も公式YouTubeチャンネルでライブ配信される予定です。これにより、世界中のピアノファンがリアルタイムで演奏を楽しむことができます。
今年10月の本選に向けて、まずは4月の予備予選から目が離せません。世界中から集まる才能あるピアニストたちが、ショパンの故郷ポーランドの地でどのような演奏を披露するのか、その熱演に期待が高まります。
公式ウェブサイト: International Fryderyk Chopin Piano Competition
過去の大会のアーカイブや出場者の演奏は、ショパン国際ピアノコンクール公式YouTubeチャンネルで視聴することができます。ぜひご覧ください。
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